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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(あ)824号 決定

本籍

東京都大田区久が原五丁目三二番

住居

同港区南青山六丁目七番五号 ドミール南青山八〇七号

会社役員

吉村金次郎

昭和一七年二月七日生

右の者に対する法人税法違反、業務上横領、所得税法違反被告事件について、昭和六一年六月二日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人仙谷由人外二名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は、事案を異にして本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 貞家克己)

昭和六一年(あ)第八二四号

上告趣意書差出最終日 昭和六一年一〇月二日

○上告趣意書

法人税法違反

業務上横領

所得税法違反

被告人 吉村金次郎

右の者に対する所得税法違反等被告事件について、弁護人らは、上告の趣意を次のとおり陳述する。

昭和六一年一〇月二日

弁護人 仙谷由人

同 小川敏夫

同 笠井治

最高裁判所 第三小法廷 御中

目次

序―はじめに

第一点 原判決の判例違反、法令の適用の誤りおよび理由不備または齟齬

一、預託金会員組織のゴルフ会員権の法律的性質

二、ゴルフ会員権に対する原判決の理解

三、弁護人の主張を排斥した原判決の誤り

四、会員権売却金の折半に関する原判示について

第二点 審理不尽・法令適用の誤り

一、審理の経過と原審の審理不尽

二、審理不尽の原因

1.原判決の問題意識

2.原判決の判示

3.原判決の和議法理解の基本的誤り

4.原判決の民法第四三七条等解釈の初歩的誤り

三、岡野らの取調の必要性

四、結論

第三点 経験則違反による重大な事実誤認

一、原判決の会員権口数についての事実誤認

二、原判決の担保会員権処分否定のその他の理由

序―はじめに

一、原判決は、弁護人らの控訴を棄却した。原判決の控訴棄却の論理を検討すると、そこには第一審判決をはるかに凌ぐ偏見と被告人を何としてでも有罪にしなければならないという執念が行間に溢れている。

また、右のごとき偏見と執念はアプリオリに感得した結論(業務上横領の成立-担保会員権処分による債権回収の否定)を合理化しようとするものであればある程、基本的・初歩的法令の解釈を誤りまたはねじ曲げ、もしくは一般論としては正しい法令解釈を定立しながら、本事案への適用においては、その正しい法令解釈とは無関係に法律評価をなしていることが窺えるのである。

加えて原判決は、自ら感得した結論で断罪することに急な余り、弁護人らの債権回収論を否定するためにも必要不可欠である日本デベロの和議事件における(有)千代田リース、アイチらの債権者性を否定した事情を全くといっていい程取調べることなく、誤った法令解釈のもと、控訴を棄却した。

二、弁護人らは、原判決を検討すればする程本件において、客観的証拠をもとに客観的事実を確定し、これに正しく法令を解釈し、適用すれば、(有)千代田リースの担保会員権処分による債権回収を否定すなわち被告人吉村にいわゆる川越開発事件で業務上横領を問擬することは困難であるということを確信するのである。

三、弁護人らは原判決は破棄されなければならず、破棄され、再度審理が尽くされなければ著しく正義に反することを、本上告趣意で以下詳述する。

本上告趣意は

第一点 判例違反、法令の解釈適用の誤りおよび理由不備または齟齬

第二点 審理不尽、法令解釈の誤りおよび重大な事実誤認

第三点 重大な事実誤認

に分けて論述する。

第一点 原判決の判例違反、法令の解釈適用の誤り及び理由不備または齟齬

原判決は、後記判例に反し、法令の解釈適用を誤り、かつまたその説示に理由を付さず、あるいは齟齬する理由により被告人吉村に対する第一審の有罪判決を維持したものであって、破棄を免れない。

一、預託金会員組織のゴルフ会員権の法律的性質

1 川越開発の会員権のような、いわゆる預託金会員組織のゴルフ会員権の法律的性質を如何に解するかは、本件の重要な争点である。

この点につき弁護人らは、第一審以来、預託金会員組織のゴルフ会員権を表章する会員券(預託金証書)は有価証券に当らないこと(それが最高裁判所によっても確立した判例であること)、つまり物理的存在としての会員券の消長が直ちに権利としての会員券に消長を来すものではなく、会員券は年会費納入等の義務を伴ったゴルフ場施設優先利用権等のひとつの証拠証券にすぎず、したがってもともとの権利としての会員権を化体する会員券を差し替えることは当然可能であり、また不自然ではない、と主張してきた。つまり新規に印刷された会員券であっても、その実体が既に担保に差し入れられた会員権の売却であるならば、何ら横領に問擬される余地はなく、また会員券自体を改めて印刷したことを理由にこれを否定することは出来ないのである。

したがって、被告人吉村の売却したものがたんに新規に印刷された会員券であったという理由ではなく、これと異なる事実関係または理由づけをもって担保の対象でなかったことが論証されない限り、担保会員権を保有していた被告人吉村に有罪を宣告することは許されない。そして、本件処分の対象たる会員券が担保会員権でないことを客観的に立証したといい得るためには、むしろ本件会員券と平行的に担保会員権が売却されている事実がなければならないのではないだろうか。

2 これに対し第一審判決は、被告人らが主観的意思において担保会員券以外のものを売却しようとしていたと認定しつつも、こういった。「検討の前提とすべきことは、本件において問題となる会員券は、現実にローデムに手渡されあるいは落合が交付していた会員券を含め、ともに、(有)千代田ないし被告人吉村の保有していた担保会員券そのものではなく、いわゆる新券であるということ」だというのである(第一審判決一六七頁)。すなわち第一審判決の認定の根幹には、会員券の物理的存在こそやはり重要であり、それが新券であるということが「検討の前提」さらにいえば決定的な事項であるという認識があったといわざるを得ない。

二、ゴルフ会員権に対する原判決の理解

1 原審において弁護人らは当然、第一審判決のこの認定すなわち新規印刷券であるから担保会員権とは相違するのだとした点を批判した。原判決も、ゴルフ会員権の法律的性質が重要な問題であると判断したためか、弁護人の主張に対する判断を説示するに際し、まず次のようにその検討にかなりの部分を割いている。

すなわち、

〈1〉 「関係証拠によれば川越開発の経営する川越初雁C・Cは、いわゆる預託金会員組織のゴルフ場であると認められる。」

川越初雁C・Cの会員は、その地位の内容として、「川越初雁C・Cのゴルフ場施設をクラブ規定に従い優先的に利用し得る権利及び年会費納入等の義務を有し、入会に際し預託した預託金(「預り金」)を五年の期間経過後は退会とともに返還を受けることができ」るが、この契約上の地位すなわち会員権を他人に譲渡した場合には「川越開発及び川越初雁C・Cに対する関係では、所定の名義の書換えをすることが必要である。」

このような会員権を表示するために発行される預託証券が本件会員権にほかならないが、「このような預託金会員組織のゴルフ会員権と預託証券の関係については、一般に預託証券は単に証拠証券にすぎないと解されており、本件の場合についても、特にこれを別異に解すべき必要はない」。したがって「一般的な形で考えるかぎり、重要なのは、実体上の権利としてのゴルフ会員権であって証券ではなく、その権利の特定についても権利の実体を基準とすべく、預託証券の同一性が直ちにその特定性に影響するものではない。」(原判決三五丁裏~三六丁裏)

〈2〉 「しかし、このような場合であっても、特定の会員が権利内容の同一な複数の会員権を有しているときには、会員登録番号……、あるいは預託証券の同一性がその権利の特定のために必要となることがあろう。」(同三六丁裏~三七丁表)

〈3〉 昭和五二年一一月一二日ころ及び同月一八日ころ、三〇〇〇万円及び二〇〇〇万円の担保に供された一〇〇〇枚の会員券については、「そのいずれについても、担保差入れの時点では、会員になろうとする者からの入会申込みも、これに対する承諾も、また預託金の預託もなされていないため」、実体的なゴルフ会員権は存在していず、「したがって、このような会員券の担保差入れの効力については、重大な疑問がある。」

しかし川越開発と(有)千代田リースの間には、日本デベロの債務不履行の場合には、「右会員券を(有)千代田の任意に選択する第三者に販売して債務の弁済に充当することができ、その会員券を買い受けた第三者から名義書換えの要求があった時は、名義変更料等一切の費用を要求せずこれに応ずる旨の約定がなされて」おり、「名義書換えがなされれば会員としての実体的な権利関係が成立する」から、「事実上担保としての機能を有することは明らかであり、法的にも一種の将来の権利の担保差入れとしてその効力を認める余地があると考えられる。」(三七丁裏~三九丁表)

2 右〈1〉の、預託金会員組織のゴルフ会員権を表示する会員券は一般的には有価証券ではなく、証拠証券にすぎないとした判示は、漸く弁護人らの主張を受け入れたものであって正当である。

しかし原判決は、本件会員券が証拠証券にすぎないことを肯定しながら、前記〈2〉の判示に至るのである。

いうまでもなく、証拠証券が何らかの権利(本件のこの段階では未だ実体的権利の発生していないことは原判決指摘のとおりである)を表章するものである以上、表章されるべき権利を他の権利と区別する必要がある場合には、証拠証券の同一性もその限度において問題となることはいうまでもない。すなわち権利者が異なる場合や権利内容において相違がある場合において、まさに証拠証券の同一性は会員権の特定性に重大な関わりを有するといい得るからである。しかしながら、同一内容の権利が同一の権利主体によって行使され、あるいはのちに同一内容の権利を表章することになる複数の証拠証券が同一人(同一の債権者)に保有され、未だゴルフ会員権としての権利行使に至る前の段階においては、むしろ原判決説示に反し証券の同一性は些程重要でなく、これが第三者に処分され登録請求あるいは名義書換えの段階に至って初めて重要性を帯びるものだといい得る。原判示は、その論旨が明確でなく、要するに結論についての理由を欠くものであるといわざるを得ないのである。

〈3〉の、実体的権利発生前における会員券の担保差入れにつき、一方で「担保差入れの効力には重大な疑問がある」としつつ、他方において「事実上担保としての機能を有することは明らかであり、法的にも一種の将来の権利の担保差入れとしてその効力を認める余地がある」とした部分も、洵に明瞭を欠く説示であるといわなければならない。

「担保差入れの効力には重大な疑問がある」というのは、そもそも当事者において担保差入れの合意をする(すなわちその旨の契約をする)ことが無効であるというのか、その法的な意味が全く明らかでない。かかる契約は、実際には会員の新規募集を意味するから、担保として差入れたにもかかわらず債務者の債務不履行の際にこれを実行することは許されないというのか。さらに会員の登録申請または名義変更を、債務者は拒絶することができるというのか。そしてこの説示は、「事実上担保としての機能を有することは明らかであり、法的にも一種の将来の権利の担保差入れとしてその効力を認める余地がある」とした部分と矛盾齟齬を来たしていることも明らかである(齟齬がないというのであれば、要するに判示は全く無意味であろう)。

三、弁護人の主張を排斥した原判決の誤り

1 会員権の法律的性質に関する以上の矛盾した「検討」を前提に、原判決は、弁護人らの主張を次のように排斥した。

すなわち、

〈1〉 「本件会員券のように担保差入れの時点では、それに表示され又は表示されるべき実体的なゴルフ会員権が存在しない場合にあっては証券の同一性を重視せざるを得ないことは当然であって」、このことをもって会員券を有価証券視したと解することはできない。本件において担保権実行の対象となるのは「将来の権利」であるが、「その将来の権利とは、『当該会員券を買い受けた者が名義書換えを了した時点で取得する権利関係』であって、その権利自体の個別性・特定性は証券の同一性に依存せざるを得ないからである。」(原判決三九丁表裏)

〈2〉 実体的ゴルフ会員権が実在し、これを表示するものとして会員権証券が発行されている場合には、新旧両券の対応関係を個別的・具体的に明らかにしておくまでの必要はなく、したがってこのことを要求した第一審判示は必ずしも適切ではないが、「本件会員券の如く、現在の実体的なゴルフ会員権を表示するものでない場合については、証券によってその権利関係を特定せざるを得ない」(同三九丁裏~四〇丁裏)

というのである。

2 これは要するに、預託金会員組織のゴルフ会員権を表示する会員券の法律的性格を有価証券ではなく、証拠証券であるとしながら、物理的存在としての証券それ自体の同一性がやはり重要であるといっているにすぎない。

そして原判決は、証券の同一性は実体的ゴルフ会員権が実在している場合には些程重要でなく、証券が本件の如く将来の権利を表示すべき場合に重要性を持つというのである。

しかしながら既に述べたように、原判決の論理を理解するのは甚だ容易でなく、何故そうした結論に導かれるのか、理由づけが甚だ不充分であるというべきである。

何故なら、本件において被告人吉村が担保として差入れを受けた会員券が表章すべき「将来の権利」は、会員権が会員券一枚毎に相違する個性のある権利ではなく、またこれを特定をしなければ混乱を生ずるが如き多種多様の権利であったのではない。要するに全て同種であって、権利の数(会員権の口数)のみが重要である場合だからである。そして担保権の実行がなされ、権利を取得した第三者権利の主体として川越開発または川越初雁C・Cに会員としての登録請求または名義変更の請求をした場合に初めて、権利主体との関連において権利の個性が重要となるにすぎないのである。

したがってむしろ、被告人吉村が保有し、担保権を実行するにすぎない段階においては、総体としての権利の数のみが重要性を有するといってよく、未だ実在しない権利だからこそ証券の同一性が強く要求され対応関係も明らかでなければならないとした原判決は思考を全く逆に誤ったものといわざるを得ない。これらのことは、担保会員権を有していた他の債権者(セブンシーズ、伸共ゴルフ、菅谷等)についても全く同様であり、かかる債権者の担保権実行が適法であるとされるのに対し、被告人吉村の担保権実行のみが違法視されるべきいわれは全くない。

原判決は、結局、被告人吉村の保有する担保会員権についてのみこれを表示すべき証券の同一性を極端に重要視したものであり、これを会員券の新規印刷によって担保会員権と異なる(将来の)権利が生じたものの如く、すなわち会員券を有価証券的に認定したものといわなければならない。

以上によれば原判決は、預託金会員組織のゴルフ会員権を表示する会員券の法律的性格につき、一般論としては正当に有価証券でなく証拠証券にすぎないとしたものの、しかし結局、本件においてはこれを有価証券視して最高裁判所の判例(最高裁判決昭五七・六・二四判時一〇五一号八四頁以下)と反する判断をなし、担保差入れにかかる会員権の担保権実行に関し法解釈を誤ったものであって破棄を免れないものといわなければならない。

四、会員券売却代金の折半に関する原判示について

原判決は、被告人吉村の保有していた担保会員権について「本件担保会員券は債務不履行の場合債権者がこれを当然に代物弁済として取得するものではなく、担保会員券を第三者に売却し、その換価額が債権額(利息・損害金を含む)と不一致であるときはその清算をしなければならない」とし、「そうすると、被告人吉村としては、会員券売却代金を自己の貸付金債権元本・利息・損害金に充当して残余があるときは、これを担保権設定者(川越開発)に返却しなければならないのであって、これを勝手に被告人志賀に分け与えることは許されない筋合である」と説示して、被告人吉村が清算金を川越開発に交付していないことも原判決が、本件処分を担保会員権の売却と認めなかったことの有力な根拠となっている。

しかしながら、こうした場合債務者に対し清算金を交付する義務があることはいうまでもないが、しかし、この清算義務は、一般には清算約束または不当利得に根拠があると説かれており、債権的な権利義務であることは自明の事柄である。したがって債務者(連帯保証人)である川越開発において被告人吉村に対し清算金の支払を請求しない以上、同被告人が積極的に川越開発に清算金を交付しなかったとしても何ら不自然ではない。

このように清算金の交付義務は債権的なものにすぎないばかりでなく、原判決の引用にかかる最高裁判決昭和五〇年七月二五日民集二九巻六号一一四七頁によれば、予め名義書換えの承諾のある場合は清算金交付を同時履行の抗弁として主張することもできないとされているのである。

以上によれば、原判決はゴルフ会員権担保に関する清算金の交付義務に関する前記最高裁判例に違反し、債務者からの何らの請求なくしても清算金交付の義務があると解したうえ、かかる誤った理解を前提に被告人吉村の担保会員権処分の事実を否定したものであって、破棄を免れない。

第二点 審理不尽-法令適用の誤り

原判決は甚だしい法令の解釈適用の誤りおよび著しい審理不尽にもとづいてなされたものであって、その法令適用の誤りおよび著しい審理不尽のために判決に影響をおよぼすべき重大な事実誤認を犯し、右重大な事実誤認は犯罪の成否に関する事項についてのものであるから、破棄されなければ著しく正義に反する。

一、審理の経過と原審の審理不尽

1.弁護人らは被告人吉村の会員券売却を、自らの経営する(有)千代田リースの日本デベロ(株)および川越開発(株)に対する債権(連帯債務履行請求権)の回収のためにする担保権の実行であり、被告人にとってはもちろん、日本デベロおよび川越開発においても、被告人吉村による会員券の売却を債権回収行為として認識し、そのとおりの経理処理を行っていることを指摘した。

そして原審においては、第一審の弁論終結後に判明した日本デベロ(株)の和議事件において、日本デベロ自身、(有)千代田リース、アイチ等会員券を担保に取得していた債権者に対しては、すでに債務を負担していないこと、その債務は川越開発の日本デベロに対する債権と代位弁済により振替えられていることを自認しているとの証拠を新たに提出するとともに岡野今雄、関口正の取調を請求した。

2.原審裁判所は、右請求に対し、当初は、岡野、関口の取調を留保しつつ、弁護人らに対し、弁護人らが、川越開発(株)破産管財人笠井盛男を証人申請するように示唆し、弁護人らが、原審裁判官の示唆にしたがい、その旨証人申請をなすや、これを採用し、取調をなしたが、同証人の取調が終了するや、岡野、関口の取調は必要性はなしとして審理を尽さなかったのである。

後に詳述するように、右問題の核心は、千代田リースやアイチ等が右和議事件の当初から日本デベロに対する債権者として取扱われなかったのか否か、換言すれば日本デベロは、千代田リースやアイチにはすでに債務を負わないとの前提で和議申請をなしたのかという点にある。

すなわち、一審判決の「債権回収否定」の判示のもととなった岡野、関口供述や日本デベロの決算書(検察官請求証拠二〇三)にもかかわらず、千代田リース、アイチが何故右和議申請時には、すでに債権者ではないのか、加えて、関口は日本デベロの代表取締役、岡野は、同取締役であったのであるから、和議申請にさいしての同社の次のオーナーとなるべき平和相互銀行の顧問弁護士すなわち、和議申請代理人の事情聴取に対して、千代田リース等に対する債務についていかに答えたかが審理されるべき課題であり、この点をこそ、原審裁判所は全神経を集中し、しかる後に「千代田リースの債権回収としての会員券売却」の有無の事実を評価・認定しなければならなかったのである。にもかかわらず原審裁判所は、前記笠井証言が、川越開発の日本デベロに対する債権の内訳(川越開発が千代田リースに対し、代位弁済したことによって取得した求償権債権を含むのか否か)につき、言を左右にした不分明なものであったのに、右問題を解明するための岡野、関口両証人を取調べようとはしなかったのである。

まさに極めて重大な事実の有無、本件事案の成否にかかわる基本的事実の有無につき、審理を尽さなかったのである。

まさに著しい審理不尽と言うべきである。

二、審理不尽の原因

1.原判決の問題意識

原判決は、前記問題点につき、弁護人らの主張を次のとおり要約した。

「原判決は、被告人らによる会員券売却代金の取得が債権回収であることを否定したうえで横領と認定したのであるから、原判決の論理に従えば、被告人吉村ないし(有)千代田の有する川越開発(日本デベロ)に対する債権((株)アイチ分、高橋伸幸分を含む)は回収されておらず、被告人吉村及び(有)千代田は未だ債権者であり続けなければならない筈であるが、日本デベロの申し立てた和議事件(東京地方裁判所昭和五八年(コ)第四号)において、弁護士若林秀雄が整理委員に選任され、同委員会の依頼により公認会計士松下明が監査を実施したが、同会計士の監査の結果によると、(有)千代田からの借入金は、昭和五四年二月二八日において残高八〇〇〇万円であったものが、昭和五八年一月三一日において残高なしとされ、これについて「川越開発にて返済したため残高を振替」との説明が付され、高橋伸幸(被告人志賀分)、(株)アイチからの各借入金についても全く同様の処理がなされているところ、(有)千代田らの右貸付金債権について会員券売却代金の取得のほか返済がなされた事実は全くないから、右会計士の処理は日本デベロの責任者であった関口正、岡野今雄の整理委員や同会計士に対する説明と彼らの提出にかかる資料に基づき被告人らの会員券売却代金取得をもって債権回収がなされた事実を認定したとしか考えられないが、そうであるとすれば、関口及び岡野が原審供述時とさほど離れていない時期に原審供述と相反する内容を公的に述べていることになり、看過できないところである。

和議手続の認定との間にこのような矛盾した判断が存在することは、検察官の主張やこれに引きずられた原判決の誤りを示している。」(原判決七~八丁)

2 原判決の判示

原判決は右弁護人らの主張を排斥して、次のとおり判示する。

「(三) (所論一の(五)について)

和議手続においては、届け出た和議債権者だけが債権者集会等の手続に参加できるのであり、所論主張の各債権者が右和議手続において債権の届出をしていない以上(当審における事実取調べの結果によれば、(有)千代田、高橋伸幸、(株)アイチのいずれについても債権の届出はなされていない。)、和議手続に参加できないことは当然であって、和議裁判所がそのように認定したからではない(なお、(有)千代田及び被告人吉村と川越開発破産管財人の間に後記認定のような和解契約が成立している以上、(有)千代田及び被告人吉村が日本デベロの和議手続において債権を届け出、権利を主張する余地はなかったというべきである。)。

また、当審における事実取調の結果によると、日本デベロの申し立てた和議事件において、整理委員若林秀雄は会計帳簿等について必ずしも十分な知識を有しないため、就任後公認会計士松下明に、債務者の財産状態の調査、とりわけ、

(1) 倒産の第五事業年度である昭和五二年三月一日から昭和五三年二月二八日までの貸借対照表、損益計算書及び剰余金処分計算書についての監査並びに

(2) 和議開始申立書添付の昭和五八年一月三一日現在の貸借対照表及び附属の諸表等についての監査

を依頼したところ、同公認会計士の監査の結果は、

1については、『貸借対照表及び損益計算書は借入金に関する証憑その他相当部分の資料の提示がないため、一部内容明確を欠く点はあるが、全般的にみれば、法令、定款に従い会社の財産及び損益の状況をおおむね正しく示しているものと認める、剰余金処分計算書は、当期未処理決算をそのまま次期に繰り越しており、適法と認める』というのであり、

2については、『この監査にあたって、私はこれ等諸表の適正性を立証すべき必要書類、帳簿等の提示を求めたが、日本デベロ旧代表取締役関口正氏よりの報告書によれば、上記貸借対照表に関する事業年度の元帳、振替伝票等は倒産後のため作成せず、また、借入金、支払利息、未払金に関する資料は日本デベロビル立ち退き時に焼却したと思われるとの事で適正性を確かめること能わず、適否の意見の表明はできない』というのであり、整理委員若林秀雄も裁判所に対する意見書において、右公認会計士松下明の意見を引用し同趣旨の意見を述べていることが認められるのであって、整理委員若林秀雄や同委員から依頼を受けた公認会計士松下明が、(有)千代田、高橋伸幸、(株)アイチからの借入金につき所論のように川越開発が返済したため残高を振替えたという認定をした事実はないから、関口正や岡野今雄が公的な機関である整理委員や同委員から依頼を受けた公認会計士松下明に原審供述と異なる供述をしたとは窺われないところである。

なお、原審における弁第九六号証(和解契約書)によれば、昭和五八年七月二二日川越開発破産管財人笠井盛男(甲)と被告人吉村(乙)及び(有)千代田(丙)との間に『乙丙は、甲に対し、連帯して金五〇〇〇万円の支払義務があることを確認し、これを二回に分割して支払う、甲と乙丙は和解契約書各条項以外には何らの債権債務のないことを相互に確認する』こと等を内容とする和解契約が成立していることが認められるから、かかる和解契約が存する以上、日本デベロとしては、債権者(有)千代田、債務者日本デベロ、連帯保証人川越開発とする債務につき川越開発による代位弁済があったものと扱うことはむしろ当然というべきである(したがって、右和議事件において日本デベロの代理人から提出された公認会計士大山卓良作成の報告書に(有)千代田等の前記債権につき、『川越開発で返済した為残高を振替』との記載があることが、所論のように、本件が担保会員券の売却による債権の回収であることを日本デベロ側で認めていることを示すものとはいえない。)』(原判決四六~四八丁)

と判示した。

3.原判決の和議法理解の基本的誤り

(1) 原判決の右弁護人らの主張に対する論駁は、まことに驚き入った論理と言わなければならない。

予断と偏見にもとづく独断、民事法の法文についての無知、審理につき時間枠を設定し、ただただ被告人吉村を早期に有罪にするためだけに腐心したことが如実に示されている判示である。

原判決が自らの審理不尽を糊塗するために考案した論理であることは容易に論証できるのである。

(2) 原判決は、「和議手続においては、届け出た和議債権者だけが手続に参加できるのであり、((有)千代田らが)債権の届出をしていない以上和議手続に参加できないことは当然であって和議裁判所がそのように認定したからではない。」というのである。

しかし日本デベロによる和議開始の申立は、昭和五八年四月二七日である。

右申立に際し、和議法第一三条二項によって提出された債権者一覧表には、(有)千代田、高橋伸幸、(株)アイチは債権者として記載されていないことが明らかである。

一審判決の証拠となった検二〇三の日本デベロの法人税確定申告書(昭和五四年二月二八日決算期分)「借入金および支払利子の内訳書」の記載が、日本デベロに対する大口債権者を正確に記載している(すなわち千代田リース、アイチは何の債権も回収していない債権者として残存しているとの前提)のであるのに、日本デベロは和議申請するにさいし、何故に千代田リース、アイチ、高橋伸幸を債権者一覧表に債権者として記載しなかったのか、

和議裁判所は、「知レタル債権者」である筈の(有)千代田や(株)アイチや高橋伸幸に和議法第二八条一および二項規定の書面を送達しなかった理由は何か、

(3) 右和議申請に添付された貸借対照表、借入金明細書をみる限り、(有)千代田、(株)アイチ、高橋伸幸は債権者から排除され、債権者として扱われていないことは明らかである。

(4) 念のため前記検二〇三と、和議申請等に提出された債権者一覧表の比較対照を行うと次のとおりである。

債権者名 検二〇三 和議債権者一覧表

日本信託銀行 529,500,000 161,100,635

競売により

368,399,365回収

足利銀行 498,597,060 129,505,098

競売により

368,399,365回収

大生相互銀行 340,000,000 340,000,000

小川信用金庫 215,000,000 215,000,000

川越開発興業 839,398,006 455,956,553

蛇田郡の土地で

532,018,000円で相殺

昭立プラスチック工業 204,200,000 209,076,670

高橋伸幸 135,000,000 債権者として記載されず

福田忠秀 105,000,000 50,000,000

佐藤博道 100,000,000 100,000,000

(有)千代田リース 80,000,000 債権者として記載されず

戸村一男 64,250,000 右同

伸共ゴルフ(株) 35,000,000 右同

(株)アイチ 40,000,000 右同

合計 3,531,129,106 1,790,288,956

(5) 和議法第一三条は「和議申立人は……債権者の一覧表を提出することを要す」と定めているのであり、和議申請人日本デベロが、昭和五四年二月二八日決算時に「検二〇三」において「その他」として氏名をも公表していない債権者、例えば、大川徳重ら一八名をも債権者一覧表に記載しているにもかかわらず、高橋伸幸、(有)千代田、伸共ゴルフ(株)、(株)アイチを債権者として取扱っていないことは明らかである。

(6) また、和議法第二八条二項は「裁判所は知れたる債権者に 一、和議開始決定の主文、 二、管財人の氏名および住所、三、債権届出の期間および債権者集会の期日、和議の条件および整理委員の意見の要領を記載したる書面を送達することを要す」と定めているにもかかわらず、右のごとき書面は、(有)千代田、(株)アイチ、高橋伸幸に対しては一切送達されていない。

(7) 原判決の判示「債権の届出をしていない以上和議手続に参加できないことは当然」との理は和議法第一三条、同法二八条を無視・没却した暴論であるというべきである。

すなわち、(有)千代田、(株)アイチ、高橋伸幸が和議申立人である日本デベロの債権者であるとすれば、検二〇三で明らかなように「知レタル債権者」であり、債権者名簿に登載されかつ和議法第二八条による送達を受けるべき者であり、そうして初めて債権届出をする機会および和議手続に参加する機会が与えられることになるにもかかわらず、(有)千代田らはこれを与えられなかったという事実、ひいては(有)千代田らが右債権届出をなす機会を与えられなかった理由が問題なのであって、「債権届出していない以上和議手続に参加しえないのは当然」などという判示はまさに難くせつけたというにすぎないというべきである。

(8) 原審はなぜに日本デベロが(有)千代田、(株)アイチ、高橋伸幸を和議申請にするにつき債権者として扱わなかったか、さらに整理委員も日本デベロの債権者一覧表を前提に、(有)千代田や(株)アイチを債権者として扱わず、(有)千代田等の債権を川越開発の債権に繰り入れたかを審理すべきであったのである。

整理委員が和議法第二二条第二三条にもとづく調査をなし、説明を求あた際に、日本デベロは、そしてその内情を最も知り得た関口、岡野がいかなる説明をしたかがまさに審理の対象であったのである。

4.原判決の民法第四三七号等解釈の初歩的誤り

(1) 原判決は(有)千代田らが右和議手続中に債権者として取扱われなかったのは、「(有)千代田および被告人吉村と川越開発破産管財人の間に和解契約が成立している以上、(有)千代田および被告人吉村が日本デベロの和議手続において債権を届け出、権利を主張する余地はなかったというべきである」し、「かかる和解契約が存する以上、日本デベロとしては、債権者(有)千代田、債務者日本デベロ、連帯保証人川越開発とする債務につき川越開発による代位弁済があったものと扱うことはむしろ当然である」と判示する。

(2) すでに述べたように、日本デベロにおいて(有)千代田らが同社に対する債権者であることにつき否定もしくは無視しているのは、原判決のいう「かかる和解契約締結」後でないのみか和解契約の締結によってでもなく、右和解契約成立前である和議開始申立のその時からである。

また、川越開発(株)と日本デベロ間で昭和五八年七月二三日に成立した和解契約書においては日本デベロが川越開発(株)に対し借入債務金一六億一五四〇万六四七六円を負うことが明記されているところ、右金額には川越開発が代位弁済したとする債権者高橋伸幸分、同(有)千代田、同(株)アイチ、同セブンシーズ分、同菅谷分、同伸共ゴルフ(株)分その他日本信託銀行分すべてを含むものであることは明らか(原審における弁一七、二一、二三の証拠)である。

右日本デベロと川越開発間の和解契約において、その日付が前日の川越開発と(有)千代田および吉村間の和解によって、川越開発が(有)千代田、高橋伸幸、アイチの各債権を取得したことが折り込まれているとの形跡もなければ、川越開発、日本デベロ双方に右事実を折り込んだという認識も窺われないところである。

細かい事実を述べると原判示の論理にしたがうと川越開発(株)と(有)千代田らの和解契約はその効力の発生が「債権者集会の承認」との条件にかからしめられているのであるから右(有)千代田らとの和解契約の効力が発生しない(条件の未成就)うちに、川越開発および日本デベロは川越開発の日本デベロに対して有する債権のうちに(有)千代田、(株)アイチ、高橋伸幸分を含めたということになる。

川越開発および日本デベロの代位弁済処理は、まさに(有)千代田らと川越開発の和解契約の成立という事情によるのではなく、川越開発(株)の資産の減少(同社の有する不動産に対する担保権の実行)あるいは債務の発生(川越開発発行にかかる担保会員権の処分)に伴い、川越開発から本来の主債務者である日本デベロに対する関係では「代位弁済による求償債権の増加」との処理をした、と認めるのが素直な認定であり、法理上それ以外にこの処理を合理化ならしめる構成はない。

川越開発(株)の日本デベロに対する代位弁済による債権の増加は、債権者菅谷、同伸共ゴルフ、同セブンシーズの川越開発および日本デベロに対する各債権について、川越開発が担保として供していた会員権が売却譲渡され、これの譲渡人を登録したことによって求償債権が発生したと同じく、(有)千代田、アイチ分の債権についても、(有)千代田、アイチが有していた担保会員権を売却譲渡したことによって、川越開発が日本デベロに対し求償権債権を取得したと認める外ないことは明らかである。

(3) また、原判決の「かかる和解契約が存する以上、日本デベロとしては、債権者(有)千代田、債務者日本デベロ、連帯保証人川越開発とする債務につき、川越開発による代位弁済があったものと扱うことはむしろ当然である」との判示も、すでに述べたように、

〈1〉 日本デベロは川越開発-(有)千代田および被告人吉村間の和解契約より以前である和議申請時に「川越開発による代位弁済」があったと扱っていること、

〈2〉 日本デベロが川越開発(株)に対する債務額金一六億一、五四〇万六、四七六円と確定したのは、昭和五八年七月二三日付日本デベロ・川越開発間の和解であるが、右和解の根拠となっているのは、日本デベロの昭和五八年一月三一日現在の貸借対照表であり、この点からしても、日本デベロ・川越開発間の和解交渉(日本デベロの川越開発(株)に対する債務額確認交渉というべき)において、前同年七月二二日以前に前双方当事者間で、川越開発の担保会員権売却・譲渡により、川越開発が主債務者日本デベロに対し、代位弁済により取得した求償権債権として請求しうる額がまさに和解交渉の議題とされていたことは経験上容易に推認し得、右債権額の確定は、前同年七月二二日の(有)千代田および被告人吉村と川越開発間の和解とは全く無関係であって、その時期的関連からみても、牽強付会の論理であることは明白となっている。

さらに原判示は(有)千代田および被告人吉村と川越開発間の右和解契約の解釈を歪曲し、誤った法令解釈にもとづき、「日本デベロとしては、……代位弁済があったものと扱うことはむしろ当然である」などという机上の空論を展開したのである。

右和解契約の条項を債権者(有)千代田らが、債務者(連帯保証人)川越開発に対し、同債務者から提供を受けていた担保会員権を売却・譲渡したことによって債権の満足を得た以上に余剰金を得、その清算として金五〇〇〇万円を支払うと解釈する以外に、(有)千代田らの債権を何らかの法的原因で川越開発において取得したと看取ることができないことは明らかである。すなわち右和解契約書および覚書には、(有)千代田リースから川越開発に対する債権譲渡の文言もなければ、代位弁済の文言もないことは明らかである。

仮りに右和解条項中「第五条 甲と乙丙は、本各条項以外は、何らの債権債務のないことを相互に確認する」との条項が(有)千代田リースらの川越開発に対する貸金債権が残存する(すなわち被告人らの会員権処分は(有)千代田リースらの債権回収とは全く無関係であるが故に)ことを前提にその残存する債務を免除したとの意味に解釈しても、川越開発は実質的に連帯保証人であり、連帯保証人に負担部分はないのであるから、その「債務免除」の効力が主債務者日本デベロにおよぶ余地はない(民法第四三七、四四〇条、四五八条)。

ましてや、川越開発が免除を受けた債権につき「代位弁済」をしたことを理由に、その債権を取得し、かつ日本デベロに対し請求し得るなどという理になり得る筈がない。

換言すれば日本デベロに対し免除の効力がおよぶとの理が通用するならば、川越開発において代位弁済による求償権取得などという法律構成はなし得ない。

原判決は民法の初歩的理解を完全に誤っていることをはしなくも曝露しているのである。

原判示のこのような法令解釈の誤りは、被告人らの「会員権売却・譲渡は担保権実行による債権回収である」との債権回収論を証拠をもって検討するのではなく、頭から否定し、それを合理化するに急なあまり犯したものであることは疑う余地はない。

三、岡野らの取調の必要性

1.原判決は、弁護人らの一審判決の債権回収論否定に対する批判に対し、前述のとおり決定的な法令解釈の誤りを犯し、恣意的な事実認定をなしたうえで、次のように結論づける。

すなわち、

「公認会計士松下明が、(有)千代田、高橋伸幸、(株)アイチからの借入金につき所論のように「川越開発(株)が返済したため残高を振替えたという認定をした事実はないから、関口正や岡野今雄が公的な機関である整理委員や同委員から依頼を受けた公認会計士松下明に原審供述と異なる供述をしたとは窺われないところである。」

また、

「したがって、右和議事件において日本デベロの代理人から提出された公認会計士大山卓良作成の報告書に(有)千代田等の前記債権につき、『川越開発で返済した為残高を振替』との記憶があることが、所論のように、本件が担保会員券の売却による債権の回収であることを日本デベロ側で認めていることを示すものとはいえない。)」

というのである。

右はまさに弁護人らの前記和議事件において、(有)千代田、アイチ、高橋伸幸らの債権者性を否定し、川越開発がそれら債権を取得したかのような取扱いとなっている理由につき、関口正および岡野今雄の整理委員らに対する説明がいかなるものなのか事実調をなすべきであるとの主張に対する弁解・正当化でしかないことは明らかである。

原判示は『川越開発で返済したため残高を振替』との記載はあるものの、「公認会計士松下明において川越開発が返済したため残高を振替えたという認定をした事実はないから関口らが公認会計士に原審供述と異なる供述をしたとは窺われない」などと判示する。

しかしすでに詳述したとおり、問題は、日本デベロが和議申請をなした時点および和議手続中で、(有)千代田リース、アイチ、高橋伸幸が何故に債権者として扱われなかったのか、何故に川越開発の日本デベロに対する債権が(有)千代田、アイチ、高橋伸幸の日本デベロに対する各債権が含まれた金一六億一、五四〇万六、四七六円となっているのか。

右、(有)千代田リースらが日本デベロに対する債権者性を否定し、川越開発が右(有)千代田らの債権を求償権として取得したかの扱いは、いかなる資料および誰の供述説明にもとづくのかという点にあったことは明らかである。

岡野今雄や関口正以外の者の誰の供述により、(有)千代田らの債権者性を否定しうるというのか、

岡野、関口の説明以外に日本デベロが川越開発に対し、検二〇三の証拠記載の金八億三、九三九万八、〇〇六円の債務(昭和五四年二月二八日残高)を増加させて金一六億円余の債務を負担することを認める資料があり得るのか、

いやしくも和議事件という公的かつ公平な分配が至上命題となっている手続で、和議申請前には大口債権者であったものが債権者として扱われず、その債権が他の債権者の債権に「振替え」られている以上その縁由を調査することは必要不可欠であり、右和議手続における取扱いが、(有)千代田リースらが川越開発の負担によって債権回収をなしたとの事実の推定を可能ならしめ、そのことが一審判決の骨格を大きく揺がすものである以上、原判決のごとくその点につき取調べることなく「原審供述と異なる供述をしたとは窺われない」とか「債権の回収であることを日本デベロ側で認めていることを示すものとはいえない」などと切り捨てることは大胆不敵な審理あるいは論理というべきである。

四、結論

結局原判決は、

〈1〉 和議法第一三および二八条の解釈・適用を誤り、

〈2〉 民法第四三七、四五八条の解釈・適用を誤り、

〈3〉 右誤りを前提として、(有)千代田らが和議事件において債権者として扱われなかった理由=川越開発に対する日本デベロの債務が一六億円余となった理由について審理を尽さず、

〈4〉 もって重大な事実誤認を犯したのである。

そして右事実誤認は破棄されなければ著しく正義に反するものである。

第三点 経験則違反による重大な事実誤認

原判決には、以下述べるとおり、経験則に違反する明白に誤った重大な事実誤認がある。

一、原判決の会員権口数についての事実誤認

原判決が、被告人らによる会員権の売却が担保会員権の売却ではないと認定する理由の根幹は、被告人吉村(有限会社千代田リース)が有していた担保会員権が(株)アイチからの取得分七五〇口を含めても一七五〇口しかないのに、ローデムに対し二〇〇〇口を一括売却し、その他にも売却しているということにある。

しかしながら、被告人吉村が本来有していた担保会員権は、以下詳しく述べるとおり原判決の認定する一、〇〇〇口ではなく、第一審判決認定のとおり一七一〇口若しくは弁護人主張のように一七六〇口であるから、原判決は、その基礎とする右理由付けの根拠を失い、その結果経験則に違反した事実認定を行うという違法な判決を下した結果となっている。

1.原判決が被告人吉村が本来有していた会員権が一〇〇〇口にしか過ぎないとした最大の拠りどころは、証人岡野の供述と、昭和五二年一二月に開催された川越開発の債権者集会の席上配布された資料(東京高裁昭和五九年押第五七号の一般債務一覧表等一冊中の三の5)に(有)千代田の担保会員権の口数が一、〇〇〇口と記載されていることである。

原判決は、右資料が本件貸付後間もない時間に作成されたものであるから岡野の被告人らに対する悪感情に影響されたものではなく、従って全く誤りである可能性は少ないというべきであるとしている。

しかし、右資料は一体どれ程の信用性を有するものであろうか。岡野は、右資料が、岡野の指示で事務員に記載させたものだと証言するが、資料の数字が何に基づいているかについては説明しない。借入れ金の額や、担保として交付した会員券を把握出来る帳簿等が検察官側から提出されず、単に結果だけを記載した一枚の表を示され、このとおりだと言われても到底納得し得るものではない。岡野は、借入れ金の額や、担保として交付した会員券の把握は、個人用のメモ帳に記載して行っていたというが、そのメモ帳は、前記のとおり、昭和五七年秋に、当時のメモ帳を見て委任状の日付けの記憶を喚起したとしてその存在を自ら語り(第一六回公判八丁、二一丁)、なおかつアイチの担保券の枚数の確認も行った(第一六回公判一二八丁)と述べながら、後の公判では、右メモ帳は、昭和五四年に見たのを最後に昭和五六年九月頃紛失したと証言した(第一九回公判四三丁)。これは、メモ帳の提出を求められれば、自己に不利益つまり被告人吉村の供述に沿う事実が明確になるのを忌避して、紛失したと言っている可能性はないだろうか。少なくとも右メモ帳が提出されたなら千代田リースが有していた担保会員券の口数は直ちに判明した筈である。

右資料の信用性を否定する岡野自身の証言もある。岡野は、アイチに対しては六〇〇枚しか担保に差入れてなく、右資料に八〇〇と記載したのは間違いであったと証言した(第一六回公判一二八丁)。そうすると、右資料の担保券枚数は一体何に基づいているのだろうか。客観的資料に基づいているものであるならば、岡野の感違いで六〇〇が八〇〇に間違うようなことにはならない筈である。少なくとも岡野が証言するように、「会社へ戻りましてその担保物件を調べたところが、その六〇〇枚きりなかったわけです。」という程、担保券の枚数が把握出来る資料が存在するというのに、これに従っていないということは、即ち右資料の担保券枚数は、客観的資料に基づくのではなしに、岡野の不確実な覚え或いは岡野の当時の恣意的な主張によって記載されているのではないだろうか。村田ソモや後藤トロフィー等、債権に問題があるものが平然と記載されている資料であるから、担保についても、岡野個人の主観が表現されている資料に過ぎないということは十分に考えられる。

結局、同資料は、岡野が恣意的に作成したものであって、客観性はなく、証拠価値のないものである。

証人岡野の証言が、虚偽に満ちたもので信憑性を持たないことについては、第一審弁論第三項に詳述したのでこれを援用するが、その外、前述のとおり、その証言及び捜査段階の供述と近接した時期に、日本デベロ(株)の和議事件において、その証拠内容とは全く逆に、被告人らの債権が担保会員権の処分によって弁済されている旨述べている可能性が大であるように、全く恣意、便宜的供述であって、措信出来るものではない。

2.原判決は、前述したように、会員権とその証拠証券に過ぎない会員券の分析を怠り、弁護人の指摘にも拘らずその検討を回避して両者を混同する誤りを犯しているが、この誤りが、担保会員権の口数に関する事実認定を誤りに導く重大な過誤をも犯している。

原判決は、被告人吉村が有していた担保会員権の口数に関する供述は変転している為信用性に乏しいと断じている。その論旨は、『被告人吉村は原審第五二回公判及び公判準備において当時預かっていた七五〇枚余りの会員券を担保にとった旨供述し、さらに「以前に入っていたものをそのまま担保という形で新規の貸付けに対する担保ということで充当していいねという約束だけは間違いなくした記憶があります」と供述しているのであるが、他方、原審第四九回公判においては、検察官の「この時にね、新たに担保会員券を取ったということはないんですか。」という問に対し、「僕は記憶が……、その時に確か会員券を最初に岡野さんが三〇〇〇万借りられる時持って来られたような気がするんですけれども、ちょっと記憶がないんですけれども。」と供述し、さらに検察官の「今の記憶、正確なところによると一一月三〇日の時には担保会員券の増加はない、ということですか。」との問いに対し、「はい」と答え、「それ以前に千七百五、六十枚の担保会員券を五〇〇〇万円の担保として取っていた。こうなるわけですか。」という問いに対し、「はい」と答えていること、被告人吉村の原審供述は、本件貸付けの際会員券を担保に取ったかどうか、担保にとった会員券は手元に保管していたものか新しく持って来たものか、その会員券の枚数などの点で転々としていることなどを考え合わせると、被告人吉村は本件貸付けの際会員券を新たに担保に取ったかどうかにつき明確な記憶がないことが窺われるから、被告人吉村の「当時預かっていた七五〇枚余の会員券を新規の貸付けの担保に充当するという約束だけは間違いなくした記憶がある。」との原審第五二回公判及び公判準備における供述は信用できず、同被告人の当時預かっていた七五〇枚余の会員券を担保に取った旨の供述は信用性に乏しいというべきである。』

というのである。

しかしながら右判旨は、担保権の設定という法律行為と、証券である会員券の授受とを混同したもので失当である。

即ち、被告人吉村の供述は、従前に受取り保管中の会員権証券は一七六〇枚有ったが、担保会員権の口数は一、〇〇〇口しかなかったところ、一一月三〇日の三〇〇〇万円の追加融資の際に、証券一七六〇枚と担保権口数一〇〇〇口との差分七六〇口について、担保権を設定するとの合意を行ったとの供述で終始一貫しているものある。

そして、「以前に入っていたものをそのまま担保という形で新規の貸付けに対する担保ということで充当していいねという約束だけは間違いなくした記憶があります」との供述は、担保権を設定するとの合意を行った点について述べているのであるが、『検察官の「この時にね、新たに担保会員券を取ったということはないんですか。」という問いに対し、「僕は記憶が……、その時に確か会員券を最初に岡野さんが三〇〇〇万借りられる時持って来られたような気がするんですけれども、ちょっと記憶がないんですけれども。」と供述し、さらに検察官の「今の記憶、正確なところによると一一月三〇日の時には担保会員券の増加はない、ということですか。」との問いに対し、「はい」と答え、「それ以前に千七百五、六十枚の担保会員券を五〇〇〇万円の担保として取っていた。こうなるわけですか。」という問いに対し、「はい」と答えている』

との供述は、担保権設定の合意についてではなく、証券の授受、増加という事実行為について述べているのである。原判決が掲示しない供述も同様である。

従って、右供述は論旨一貫し、決して変転した供述ではないにも拘らず、原判決は会員権とその証券である会員券の法的分析の検討を怠ったために会員券を有価証券視し、例え証券の授受がなくとも有効に成立する担保権設定契約と、法的には単なる事実行為に過ぎない証券の授受とを混同して同一の次元において判断し、その結果、右のような看過し難い誤判断を下しているものである。

このような法律家にとって明白な誤りが、本件事件の最大争点を被告人に不利に認定する論拠の主要点となっているのでは原判決は、判決として到底維持されるものではない。

3.また原判決は、被告人志賀の供述に被告人吉村と岡野間で追加担保権の設定がなかった趣旨に理解すべき供述があるとしてその供述を掲記している。(一五丁)

しかし、原判決がいみじくもその冒頭に記載したように、被告人志賀は、被告人吉村と岡野間の追加担保権の設定の時点ではその有無を知らなかったのである。従って当然、被告人志賀が、その時点に作成した念書において、知らない事実つまり追加担保権の設定を取込んだ念書を作成出来る筈がないのであるから、例え、被告人志賀が追加担保が存在しないことを念頭とした念書を作成したとしても、これが追加担保権の設定を否定する証拠とはなりえない。

更に、被告人志賀の供述こそその都度変転し、場当り的供述が繰返されているものであり、信用性にとぼしく、場当り供述の一節だけを取出して主要論点の重要証拠とすることには無理がある。実際、原判決自体、被告人志賀の担保共用についての供述を信用出来ないとしているのである。

そもそも、被告人志賀の右供述自体、被告人吉村が従前の担保会員権一〇〇〇口で五〇〇〇万円の債権を担保しているところ、右担保による回収金を先に追加貸付金三〇〇〇万円の弁済に充当し、本来の被担保債権五〇〇〇万円を劣後させるという趣旨の供述であるから、被告人吉村にとって、五〇〇〇万円の債権の回収を危険にする不利益があるもので、当時、手形不渡り後の追加融資を懇請されるという強い立場にあった被告人吉村が納得する条件ではないから、被告人志賀の右供述自体が事実の流れからみて不自然な供述であり、事実認定の基礎とは出来ないものである。

4.次に原判決は、債務者本郷英夫ほか一名、債務者(有)初雁ほか一名間の浦和地方裁判所川越支部昭和五四年(ヨ)第一六号賃貸借契約効力停止等仮処分申請事件の答弁書添付の疎丙九号証「一般債務一覧表」(仙谷由人の検察官に対する供述調書に添付されているもの)に、(有)千代田の担保会員券の枚数が一二〇〇枚と記載されていることについて、被告人志賀の供述をもとに、右資料が、被告人らの売却した会員券の数に合わせるため(有)千代田リースの担保会員券の数を水増したものであるから、その資料の性質上(有)千代田の担保会員券の数が実際より少なく記載されてることは考えられないとしている。しかし、被告人らが売却した会員権は、右資料作成時既に二五〇〇口程度に達しているのであるから「被告人らの売却した会員権の数に合わせるため」担保会員権口数を水増ししたものでないことは明らかである。

右資料は、被告人志賀を主たる相手としてなされた仮処分申請事件において、仮処分事件の性質上被告人志賀が急遽作成した資料であるので正確性にとぼしく、正しくは四〇〇口ある平和商事が二〇〇口、同じく伸共ゴルフが三五〇口のところ二五〇口と誤って記載されているように、右一二〇〇口との数字も適当に記載されたものと考えられよう。

また、右仮処分事件当時、実質の申請人である岡野らは、被告人らに対し、会員権証券を偽造し、これを売却して代金を取得しているとの非難を加えていたのであって、これに対し被告人らは、売却した会員権が担保会員権の処分であると反論したものである。従って、反論の要点は、担保会員権の処分という点にあったのであって、担保会員権の存否あるいは口数は論争点にはなっていなかったのである。であるから、担保会員権の口数については、右に述べたとおり適当な口数が記載されたものである。

従って、右資料の記載の誤りは、原判決が述べるような重要なものではない。むしろ、右資料から、担保会員権口数が岡野が主張する一、〇〇〇口ではなくこれを越えていること、そして、担保会員権の処分によって被告人吉村の債権が消滅している旨の記載があることが事実認定を行う上で重要な事実である。

5.本件においては、被告人吉村自らの取得した担保会員権口数が一七六〇口であることを示す、客観的証拠が存在する。

それは、岡野の検察官に対する昭和五七年四月二五日付供述調書添付の資料4(昭和五二年一二月二一日付委任状)であるが、その委任状に「但し債権者に担保として差入中の約三四〇〇枚」と記載されている担保会員権口数について、被告人吉村以外の債権者が取得していた担保会員権口数が約一七〇〇口であることについて争いがないので、その総数約三四〇〇口から右一七〇〇口を控除した約一七〇〇口が被告人吉村の取得していた担保会員権口数であるとしか考えようがない。

原判決は、他に大生相互銀行が担保会員権を五〇〇口取得していたことを取上げ、この五〇〇口も右三四〇〇口の中に含まれるものだとこじつけた。しかしながら、右委任状は、岡野の証言にあるとおり被告人吉村サイドで前もってタイプして岡野に示し、同人がこれを了承して押印した経過で作成された文書である。そして大生相互銀行の取得にかかる担保会員権については、岡野作成の前記債権者集会配付の資料にその旨の記載がなく、岡野からその説明すらなかったため、被告人らはその存在を本件公判になって初めて知ったのである。従って、右委任状作成時、被告人吉村が存在を知らない大生相互銀行の取得した担保会員権まで含めて計算することは有り得ないから、右三四〇〇口に大生相互銀行の五〇〇口が含まれる筈がなく、この一事をもって、原判決のこの点の判断は誤りであることが明白である。

更に付け加えるなら、約三四〇〇口の中に大生相互銀行の取得分五〇〇口が含まれるもので被告人吉村の取得分が含まれていないとするなら、約三二〇〇口の計算になり、数が合わない結果となる。

原判決は、右委任状が、債権者集会の資料ではないから債権者集会に加わらない大生相互銀行の担保会員権が含まれても不自然ではないというが、右委任状が、債権者集会によって決定された無担保債権者が割当てを受ける会員権の登録事項も委任内容としていることから明らかなように、会員権登録事務の委任は債権者集会における討議の延長上にあるのであって、債権者集会に一切関与しない銀行の有する担保権の行使についてまで含まれているというのは事実の流れに照らして余りに不自然である。そして実際、大生相互銀行は、担保会員権の登録をしないばかりか、これに関する折衝すら一切行っていないのである。

6.原判決は、被告人吉村が自ら取得した会員権は一〇〇〇口に過ぎないと認定したが、その論拠として述べるところは右に批判したとおり、いずれも正当ではなく、又根拠の稀薄なものにしか過ぎない。

一方、原判決は、担保権存在の客観的証拠である委任状について、その作成の正当性を前提として認めながら、大生相互銀行の会員権を含めるべきという一見して誤れる論拠で証拠価値を排除したが、これも正当な判断でないことが明白になった以上、委任状の証拠価値は絶対的価値を有するものである。

7.担保会員権の口数を重要な争点とし、その審理を重点的に行った第一審は、直接審理した証拠関係をふまえた上で、「川越開発の第一回目の不渡り発生後である右貸付けに際し、それまでの貸付けにあたっては会員券を担保に取っていた(有)千代田が右の貸付けにあたって会員券を担保にとらなかったとするには疑問が残るとし、その際、被告人吉村は岡野今雄の了承のもとにその担保として手元に保管していた合計七一〇枚の会員券を充てることとした旨認定する余地もないとはいえないとし、昭和五二年一一月三〇日当時(有)千代田の保有していた担保会員券は合計一七一〇枚となる公算が大である」と認定したが、この認定こそが正鵠を得たものである。

これに対し、原審は、「すでにみてきたように昭和五二年一一月一八日ころの二〇〇〇万円の貸付けの際には、先の三〇〇〇万円の担保にも充てられているのであって、同じ一〇〇〇枚の会員券が本件三〇〇〇万円の貸付けの担保にも充てられたとしても、その会員券に担保余力がある限り、なんら矛盾はないのである。関係証拠によれば、本件会員券は当時一枚二〇万円位で処分可能であったことが認められるから、一〇〇〇枚で二億円となり、安全性のために将来の若干の値下りを見込んでおく必要があるとしても、八〇〇〇万円の貸付けの担保として不足するところはなかったというべきである。」としているが、会員権が売却出来るのも、その母体となるコースとこれを運営する会社が健全に存在しての話であり、倒産した会社を運営母体とする会員権などが売却出来る訳がなく、昨今のゴルフブームの陰で会員権が無に帰した例は枚挙にいとまがない。

川越開発が曲がりなりにも経営を継続している間はともかくも、一回目の手形不渡りを出した直後の段階では先行きの事態が全く不明であり、会員権の価値が無に帰する可能性さえ多分にある状況下において、追加貸付けに当って増担保の要求と実行が行われないというのは不自然である。増担保を取らないということは、従前の担保について被担保債権が増加するため実質的に担保価値を引下げるものであることも考慮する必要がある。

また、被告人吉村は、常日頃金儲けを意図していたのであるが、本件に先立ち、ニューセントアンドリュースゴルフクラブから、貸金の担保として会員権を取得し、債務不履行発生後これを売却して多額の利益を得た経験を有するものであるから、本件においても、被告人吉村がより多くの担保会員権を取得していることがより多くの利益をもたらすものと意図していたことは自然の成行きであり、従って、川越開発が第一回目の不渡りを出し、被告人吉村が貸付けを行わなければ第二回目の不渡りを出して倒産せざるを得ないという状態の中で、被告人吉村がその強い立場を背景に、しかも被告人吉村の手許にある会員権証券に見合う口数の担保会員権の増加設定という現実的で容易な増担保の要求を行った筈であるし、岡野がこれを拒ある立場になかったことは明らかである。

このような事情から原判決の判断が余りに表面的事象に拘泥し、事の実相を取違えた誤りを犯していることが容易に看破出来よう。

8.しかも、担保会員権口数について第一審が認定した被告人に有利な事実で、しかも本件の帰する決する重要部分について、一切の論議もないまま審理を終え、判決において抜打ち的にこれを被告人に不利益な認定にて変更したことは公正な審理とは到底言えない。

二、原判決の担保会員権処分否定のその他の理由

原判決は、被告人らの売却にかかる会員権が担保会員権でないことについて、担保会員権口数の不足の外、二、三の理由を掲げている。

1.その一は、

「被告人吉村が売却した会員券のうち本件起訴にかかる部分は(有)千代田等の保有していた担保会員券そのものではなく、新規発行にかかる会員券であり、かつ右担保会員券の差換えとも認められない」

というものである。

この点について、特に論ずべき点は、担保会員券の差換えとも認められないという後段部分である。つまり、差換えが認められるなら「新規発行にかかる会員券の売却」は担保物の処分にほかならないからである。

原判決は、差換えとは認められないとする最大の根拠として、被告人吉村は(株)アイチからの取得分を含めても一七五〇口の担保会員権しか有していないのに二七五〇口以上の会員権を売却している点を掲げている(二六丁)が、これは右一に詳しく述べたとおり、担保会員権口数について誤った前提をとっているので、新たな論拠とは言えない。

さらに原判決は、旧券と新券との対応関係が一切明らかにされていないことからすれば差換えとは認められないとする。

この点について、原判決は、会員権とその証券の性質について、「預託金会員組織のゴルフ会員権と預託証券の関係については、一般に預託証券は単に証拠証券にすぎないと解されており、本件の場合についても、特にこれを別異に解すべき必要はない。このような一般的な形で考えるかぎり、重要なのは、実体上の権利としてのゴルフ会員権であって証券ではなく、その権利の特定についても権利の実体を基準とすべく、預託証券の同一性が直ちにその特定性に影響するものではない。」とし、さらに本件担保会員権について、「本件担保会員券は、その担保差入れの時点では実体的な権利関係を伴わないものであるが、会員券の発行権限を持つ者と担保権者との間で債務不履行の場合、担保権者が第三者に任意に処分することができ、これを買い受けた第三者から名義書換えの請求があった時は異議なくこれに応じる旨が約されているので、事実上担保としての機能を有することは明らかであり、法的にも一種の将来の権利の担保差入れとしてその効力を認める余地があると考えられる。」と説明している。

そして、続けて、『本件会員券のように担保差入れの時点では、それに表示され又は表示されるべき実体的なゴルフ会員券が存在しない場合にあっては証券の同一性を重視せざるを得ないことは当然であって、これをもって原判決が会員券を有価証券視したものとはとうてい解されない。なお、前述のように将来の権利を表示するものという面からみても、その将来の権利とは、「当該会員券を買い受けた者が名義書換えを了した時点で取得する権利関係」であって、その権利自体の個別性・特定性は証券の同一性に依存せざるを得ないのである。』と結んでいる。

しかし、先ず第一に、「本件担保会員券は担保差入れの時点では実体的な権利関係を伴わない」とする点は正当でない。担保差入れ即ち担保権設定契約の対象は、会員権即ち施設利用権と預託金返還請求権債権とが合体した複合債権であるが、この債権が担保差入れの時点では実体的権利関係を伴わないと断定出来る根拠はない。譲渡担保においては権利の移転自体が担保であるように、会員権担保においては会員権の設定自体が担保となる譲渡担保類似の非典型担保であり、会員権の設定により実体的権利関係は発生しているとするのが素直な見方である。債権の具体的行使がないということと、債権の権利関係がないということとは明確に区別しなければならないし、何ら要式行為ではない会員権の発生即ち債権契約は、債権契約の自由という民事法の大原則からすれば、担保差入れと同時に実体的債権関係を生じせしめていると認めるのが正当である。

そして、当該会員権を買受けた者即ち債権の譲受人の名義書換は、法律上譲渡に対する債務者の承認と評価される行為であって、その時点で権利関係が発生するのではない。

従って、原判決のこの点に関する右論理は前提において誤っているものであるし、更に、「会員券に表示される実体的会員権が存在しない場合にあたっては証券の同一性を重視せざるを得ないことは当然である」という原判決の論理は、何故そうなるのか、理解に苦しむところである。即ち、仮に会員権に表示される実体的会員権が(担保差入れ時に)存在しないとしても会員券は、将来発生する会員権を表示しているのであるから、会員券と会員権の結び付きは、担保差入れ時に会員券に表示された会員権の実体的存在の有無に関係なく両者同一であるべきであって、証券の同一性の必要性を区別する論拠とはなり得ない。

また、原判決は、将来の権利とは「当該会員券を買受けた者が名義書換を了した時点で取得する権利関係」であって、その権利自体の個別性、特定性は証券の同一性に依存せざるを得ないのであるというが、権利自体の個別性、特定性は全て権利自体によって決定されていることであって、証券の同一性あるいは証券の有無とは一切関係しない。仮に、将来発生する債権だとしても、権利の内容は具体的に決定されているのであるから権利が現実に発生している債権であっても、将来発生する債権であっても、権利自体の個別性、特定性は権利自体によって決定されているのである。

原判決の論理は、本件担保会員権を将来の債権とする点と将来の債権の理解について前提において誤れるばかりか、その前提と結論が論理必然的には結びつかないという、まことにおそまつなものである。

本件担保会員権は、権利者が被告人吉村であることを含めて全て権利内容が同一であり、各権利に全く個別性、特定性はない。そして、個別性、特定性が必要とされるのは、会員権が売却され、新たな会員が登場した段階である。しかもここにいう個別性、特定性も、債務者即ちゴルフ場からみて権利者を把握、特定するため、つまり事務処理上必要とするだけのことであり、権利の発生、移転、行使といった法的意味においては、個別性、特定性は必要ではなく、要するに権利者であることの証明上必要に過ぎないことなのである。

従って、担保会員権の売却にあたって、旧券と新券の個別的対応関係を明らかにする必要性は全くなく、旧券であるか新券であるかに拘らず、所持担保会員券の口数の範囲内であることの確認即ち、枠として口数の把握をすればこと足りることなのである。

2.次に、原判決は、被告人吉村が、会員権売却代金を被告人志賀と折半する約束をしたことが、担保会員権の処分としては不合理であるとし、これが、「本件会員券の売却が担保会員券の処分でなかったことを示す重要な徴憑である」と断定している。

しかし、会員権は、ゴルフコースの運営母体会社が健在してこそ売却可能となるもので、運営母体会社が倒産したり、コースの管理者がいないような状態となった会員権が売却出来る筈がなく、これまでにも無に帰したゴルフ会員権の例は枚挙にいとまがない。

被告人吉村としては、担保会員権を無事全口売却出来るなら、当時の会員権相場に照らして三~四億円程度の担保差益を得られる見通しであったが、一方コースの運営が破綻するなら、利益どころか、アイチに対する代位弁済分を含め、一億二〇〇〇万円の債権の回収を不能にし多大な損害を被る上、増資金五〇〇〇万円の投資も無にしてしまう危険にさらされていたのであるから、このような危険を回避して多額の利益を獲得するためには、コースの運営管理担当者に飴を与えて、運営管理を健全に保つ刺激を与えることは決して不自然なことではない。コースの評価が上がれば、会員権が高価に売却出来、いわばパイが大きくなり、逆に評価が下がり、その評判でも立つなら会員権価格は暴落し、パイが小さくなるのであるから、両者協力してパイを大きくした上でこれを半々にするという約束がなされることは何ら不自然ではない。

原判決は、コース運営担当者として被告人志賀に対する報酬は、(有)初雁社長としての給与等の面で考慮すべき問題であって、担保権者の担保会員権の売却代金の半分を分け与えることを正当化するものではないと論じるが、コース運営によって反射的に莫大な利益を取得するのは被告人吉村であって(有)初雁ではないから、(有)初雁が被告人吉村の取得利益分まで被告人志賀に給与を払ういわれはないし、そもそも、億単位の報酬を(有)初雁が支弁出来る状態にはない。

原判決は、「被告人吉村としては、会員券売却代金を自己の貸付金債権元本・利息・損害金に充当して残余があるときは、これを担保権設定者(川越開発)に返却しなければならないのであって、これを勝手に被告人志賀に分け与えることは許されない筋合である。」とも述べている。

しかし、その前提として、本件担保が帰属清算型か処分清算型かの考察がないし、いずれにせよ担保物売却代金は担保差益を含め全額担保権者に帰属するのであり、担保差益が用途を特定された資金となるものではないし、担保差益の清算義務は、担保権設定者から請求があって初めて生じる一般債務に過ぎないのである。従って、これを勝手に被告人志賀に分け与えることは許されない筋合であるという原判決の論旨は、民事的評価における筋論であり(民事的にも分け与えることは自由であり後に清算を実行すればよいことであるが、その点はおいても)刑事的には完全に誤った論理である。

更に原判決は、「被告人吉村が、コースの運営管理を担当している被告人志賀に対しこのような多額の謝礼をすることが所論のように当然のことであるとすれば、(有)千代田は被告人吉村以外の債権者ないし担保権者が担保会員券を処分した場合にも同様多額の謝礼を支払っていなければならない筋合であるが、記録上そのような支払いがなされていることを窺わせる形跡は認められない。」とも述べているが、被告人吉村以外の担保権者は、所持担保会員権が少なく、担保差益を生み出していないのであるから、三~四億円もの差益を生み出す被告人吉村と同視することは出来ないし、債権者集会から引続いて対立に近い関係にあった他の債権者から謝礼を貰えるような状況でもない。

被告人吉村としては、自己の利益確保のため被告人志賀に謝礼を約束したのであり、仮にその結果として他の担保権者らに多少の利益が出たとしても、それは単なる反射的利益に過ぎないのである。

原判決が述べる、被告人吉村が出すなら他の担保権者らも出すべきだというのは単なる形式論にしか過ぎない。

結局、原判決の指摘は、いずれも事実認定とは異る道徳論、民事的正義論による評価を述べているに過ぎず、事実の存否を判断しているものとは到底言えない。

3.原判決は、被告人吉村が、ニューセントアンドリュースゴルフクラブ会員券の売却で多大な利益を取得したことから、本件においても会員券売却によって多大な利益を取得しようとして会員券発行者たる地位を獲得し、多数の会員券を発行売却して横領しようと企てたと認定する。

しかし、決して見落してならない事実は、被告人吉村がニューセントアンドリュースゴルフクラブの会員権を処分して多大な利益を取得したのは、担保会員権を売却して担保差益を多く得たものであって、新規会員権の売却(会員募集)によって取得したものではないことである。従って、ニューセントアンドリュースゴルフクラブにおいて担保会員権の売却による甘い汁を吸った被告人吉村は、本件においても、担保会員権の取得と売却という行動に出たことを推測させるものであり、原判決の言う横領の犯意に出ることはむしろ不自然である。

被告人吉村の行動は、より多くの担保会員権の取得、会員権売却を保全するための他の債権者の取りまとめ及び川越開発の支配、売却価格の維持のためのコース運営の確保というように、担保会員権の処分という行動として首尾一貫しているものである。

会員権の売却にはおのずから数の限界があるから、横領のため売れる限り多数の会員権売却を行った後では担保会員権の売却は不可能である。担保会員権の取得と売却によって十分な利益を獲得出来る状態にあるのに、一体誰がこれを放棄して、横領という危険な行為に及ぶのであろうか。本件において、検察官も、又、判決も決して正面から答えない、むしろ答えられないのが本件の基本的問題である。

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